世界の端っこを見に行こう。

きっとそれは、世界の始まりで世界の終わり。

コウノトリは、赤子を母親の元へ運んでくる。

きっとそれは、

世界の始まりと終わりの世界から運んでくる。



きっとその世界は優しく、

弱い子も、出来ない子も、意地っ張りな子も、

それぞれ等しく優しい世界。

ああ、私も

おとぎの世界に旅立ちたかった






それは別れのための






憧れる事や、妬む事なんて、誰だって出来る。
けれど、その羨望の眼差しや嫉妬の矛先になれる人間なんて数少ない。

私は、誰から見ても凡庸な人間だし、突出した何かを持ち合わせている訳でもない。むしろ、「普通」という言葉が褒め言葉ぐらいの人間だ。さして勉強や運動が出来るわけでもなく、将来に明るい展望を持っているわけでもない。このまま頑張って大学まで行って、どこかの中堅会社のOLになるのが、関の山だろう。

小さい頃持っていた、手に溢れるほどの希望のコンペイトウは、
いつの間にか、大きくなった私の手にはほとんど残っていなかった。
残された物は、そのコンペイトウをしまいこんでいた、大きな大きな空き瓶だけ。

その空き瓶が、大きければ大きいほど、襲い掛かる空虚という絶望感が大きい。
……そんな人間が、私だ。







!」

アスファルトの照り返しが暑苦しい、昼間。
私は母親のおつかいで、近くのスーパーまで買出しに行っていた。

「克朗ちゃん」

2リットルペットボトルが2本ともち米1キロが入った、何の冗談かと思うほど思いビニール袋を抱え込んでいると、懐かしい懐かしい、幼馴染が手を振って駆け寄ってきた。
――このうだる様な暑さの中でも、彼が発するオーラは爽やかだった。

「おつかいか?」
「そうなの!もう、お母さんったら人使い荒いんだもん!」

まったく、こんな昼間にお使いを出さなくてもいいだろう!って物を買いに行かせるなんて!
私はプリプリしながら、抱え込んでいた計5キロの物を地面に置いた。――腕は、重さのせいか赤くなって汗でべとべとした。

「重そうだな…」
「うん!夏の真昼間に計5キロの荷物を抱え込むには、か弱い乙女なの私」
「…口ぶりからして元気そうで何より」

何よう!と彼の腕を叩くと、彼は本当に元気だなとにこりと破顔して、少し汗ばんだ私の頭をクシャリと撫でた。――ああ、渋沢克朗という人間は、どうしてこんなに大きな人間なのだろう。シットしてしまいそう。

「もう!克朗ちゃん!同い年なんだから子ども扱いするのやめてよぉ!」

私は彼の大きな手を跳ね除け、キッとねめつけた。――それは、ただ表面上だけ。
だから彼は解っているから、ゴメンゴメンとまた笑って頭をかき撫でるんだ。

「わかってなぁい!」
「はいはい。だって丁度いい高さにの頭があるから」
「ガリレオの『それでも地球は回ってる』みたいな言い方しないで!」
「ん?何だそれは?」
「そういうことなの!」
もガリレオの言葉を知るようになって、大人になったなぁ」
「…ちょっ!バカにするな!渋沢克朗!」

当たり前の様な口ぶりをするな!と言いたかったけれど、乏しい私のボキャブラリーではそれが伝わらなかったらしい。それが何だか恥ずかしくて、悔しくて、バカはちゃんと自覚してるから、これ以上バカ扱いはするな!と置いてあった計5キロの荷物を彼に押し付けるように渡した。…彼は一瞬よろめいたが、それからは何事も無かったかのように軽々とその荷物を抱えた。

「…バカ」
「ん?何か言ったか?」

別にと私がふて腐れると、彼は微かに困った顔をしてそして、行くぞと言って私の背中を押した。 そのそっと押した手の熱さが、じわりと私の身内に響いた。

テオフィロス

「神に愛された」という意味の、ギリシャ語だ。
彼と会うと、いつもその言葉が脳裏を掠める。
神に二物も三物も与えられた少年と、神に愛されなかった少女。
こんなにも片腹痛い組み合わせが、あっていいのだろうか……

「克朗ちゃん。いつ帰ってきたの?」
「ほんの数時間前のことだよ」
「…学校、どう?楽しい?」
「まあな。忙しいけれど、楽しいな」
「お盆しか帰省できなくても?」

彼は、至極当たり前のように破顔した。その屈託の無さが、何故か私の心を苦しめた。

「好きなことを堂々と出来るんだぞ?」
「…授業中居眠りしても、先生が見逃してくれるってこと?」

彼はクツクツと笑い声をあげた。

「まあな。天下の武蔵森のサッカー部だからな」
「そして克朗ちゃんは、そのお山の大将だからねぇ」

こいつ言ったな!と彼は、私の前髪を掻き揚げた。

「でこっぱち」
「セクハラで訴えてやる」

人の頭を撫でるのは、小さな頃からの彼の癖のようなものだ。…主に、その対象になっていたのが私だったけれど、今はその対象が私だけではないのかもしれない。私は地元の公立校に通い、彼は文武両道で有名な武蔵森の寮住まい。生活の拠点が違い、私が彼の日常に触れることはほぼ無いに等しい。

誰が友達なのか、どこまで授業が進んでいるのか。何に迷い、何に悩み、何を求めているのか……
武蔵森での出来事は、渋沢克朗というブラウン管を通してでないと、知れない。

こうやってちょっかいを出す彼は、学校だと博愛精神に富む優等生なのかもしれないし、部活だと厳しくとも器の大きなキャプテンなのかもしれない。けれど私にはわからない。もしかしたら実際は、私の想像する武蔵森の渋沢克朗とは、違うのかもしれない。
…そう。私は、こうやって彼の古巣で想像するしかすべが無いんだ。

「克朗ちゃんも災難だね」
「何が?」
「…いつも私がおつかいに出されると、結局克朗ちゃんもかり出されるんだもん」
「まあ、いつもの事だし、家に居ても暇だしな」

彼はいつもそうやって笑う。
きっと窮地に立たされても、にこりと笑うのだろう。

だって、彼は神さまに愛されているのだから

克朗ちゃんと、口を開きかけた時、どこからともなく携帯の着信音が響いた。
それは彼のジーパンの後ろポケットに入っていて、彼は器用そうに重たい荷物を片手に支えながらそれを取り出した。チャリと音を立てて、彼のキャラクターに合わないストラップが一つ眩しい太陽の光に反射した。 どうやらメールだったらしく、彼はそのディスプレイをまじまじと眺めた。

克朗ちゃんも、ディズニーのストラップなんかつけるんだね。と茶化そうと、そのストラップに手をかけた瞬間、私の身内でストンと重たい石の様な稲妻のような物が落下した。――私は思わず、そのストラップに触れた手を引っ込めて、胸元で強く握り締めた。

「克…ろ、ちゃん。それ…」

そう言うと彼はああと言って、ストラップを掲げてこれかと尋ねてきた。
私は何とか平常心を保とうと、自分の中の理性をフル動員した。

「ディ…ズニー…行ったの?」
「ああ。この前の開校記念日にな。ちょうど部活も休みだったし…」

それなら納得できる。この前の帰省した時には、そのストラップはついていなかった。

「そっかぁ…楽しかった?」
「ん〜…まあまあだったな」

そう言って彼は何も無かったかのように、ゆっくりと歩調で歩き出した。…いつも私と歩くぐらいの速さだ。 背の小さな私に合わせて、背の大きな彼は、ゆっくりと足を進める。私は膝が笑って、いつ倒れてもおかしくないのに、いつもと変わらず地面をしっかり蹴っていた。

この時ばかりは、自分の耐えるという力を褒めたかった。

「いや…だなぁ……」
「いや?」

幼い頃から、大きな彼の影で、歩んできた私。 けれどそれは、彼が好きだったからこそ耐えられた。
顔がさほど良くなくても、勉強が出来なくても、運動音痴でも。
この大きくて優しい彼は、いつも数歩先を歩いて、そして立ち止まって私を待っていてくれた。…この屈託の無い、優しい笑顔で。優しい声でと私を呼び寄せてくれた。


ねぇ、神さま


「いやだなぁ。なんで彼女が出来たこと教えてくれなかったの?そのストラップってカップル同士がつけるのでしょ?」


どうしてこんなに


「あ、ああ」


現実は冷たいものなのですか…?


「もぉ水臭いよ克朗ちゃん!幼馴染の私に教えてくれないなんて!」


彼がつけているストラップは、私の友達カップルでつけている人が何人もいた。ミッキーとミニー。ドナルドとデイジーの2パターンあるそうだ。私は友達が自慢げに見せてくるたびに、羨ましさと切なさを感じた。…私の好きな人はここにいない。その現実的な距離が私を寂しくさせた。
――私と彼は、幼馴染なのだろうとわかっていたつもりだった。けれど、心のどこかで幼馴染以上でありたいと願っていた。幼い頃から気心が知れて、なんだかんだで私に優しい彼。

どうしてこんな関係で、ただの幼馴染とだけ思えるだろう?
優しくて、強い、彼のことをただの幼馴染なんて、思ったことは無かった…!

彼の携帯からブラリとぶら下がるミッキーのストラップ。ミッキーの下に半分になったハートがついていた。ミッキーとミニー。その二つをくっつけると、半分と半分のハートが合わさって、一つのハートになる。…だから、このストラップはカップル同士でつけるのだ。

「もぉ!克朗ちゃんの彼女ってどんな人?教えなさいよ!渋沢家のご長男!」

そう言って私は、彼の背中を思いっきり叩いた。彼は照れくさそうに痛いよと言って、自分のストラップに私には向けたことの無い、優しい笑みを向けるのだった。
――ああ、ここはこんなに暑いのに、なぜ私の心は急速に冷えていくのだろう。
優しい彼が私以外の人のものだと思うと、苦しくて苦しくてやり場の無い悲しみで潰れてしまいそう。

ねぇ神さま……

私がもっと賢かったら、あなたは私を愛してくれましたか?
そうしたら、好きな人が自分の事を好いてくれる。
そんな些細な願いを叶えてくれましたか…?

私が愚かだから、彼は私を愛してはくれないのですか?
何をしたら愛してくれますか?
――何をしたら、この笑みを手に入れられますか…?


脳内でふつふつと湧き上がる冷たい考えに、私はぐっと歯を食いしばった。涙なんか流せない。
それは、私に残された神さまに愛される唯一の方法。
…この世に神が居ても居なくても、私に出来る最後のすべ。



「何かおごるから、ゆっくり話を聞かせてよ?」



神さまに愛されなかった私は、
神さまに愛された彼を愛することでしか、
“愛されるすべ”が残されていないのだから……