海と空と青色絵の具 人は、生まれてきた時、まっさらな白いキャンパスを抱えて、生まれてきたのだと思う。 そのまっさらなキャンパスに、何を描いていくのかは、それぞれの人の自由でもあるし、権利でもある。 真っ赤に塗り潰す人もいれば、緻密に何かを描いていく人もいる。 私は幼い頃、青い絵の具やクレヨンを好んで使っていた。母親などは、女の子らしく赤を使え、ピンクを使えなどと叱ったけれど、それでも私は青を好んだ。…好んで使っていた物だから、青い絵の具や、クレヨンの減りは、他の色より断然早かった。そして、その青い絵の具やクレヨンがなくなると、私はよく泣いた。 「どうしたの?」 「アオいのが、なくなちゃったの」 「えのぐ?クレヨン?」 「りょうほう」 「だったら、ボクのをあげるよ」 「でも、そしたらカツロウちゃんのなくなっちゃうよ?」 「じゃあ、ミドリのえのぐとクレヨンちょうだい。こうかんっこしよう!」 「ありがとう!」 そして二人で、何か“秘密”を共有したかのように、ひっそりと笑った。 ■ 「は相変わらず、青い色のものが好きだな」 彼はそう言って、青い色の携帯を手に取った私を笑った。 2人で、最寄り駅近くの大型電気店にやって来た。彼が携帯を買いたいと言っていたので、それに私がついてきた形だ。…それでも、2人で出掛けられる事に、喜びを噛み締めていた。 「…そういう克朗ちゃんも、緑好きだよね。今日のTシャツ、シーグリーンじゃない」 「そうか?」 そう言って彼は、自分の着ているTシャツを摘んで、シゲシゲと眺めた。 「これ、シーグリーンって言うんだな。さすが、美術部員!」 「…ケンカ売ってるの?」 シーグリーンとは、普通の緑より明るく、そしてエメラルドグリーンよりも青みがかっている色だ。ペパーミントに近い色とも言える。 「いやいや、純粋に褒めてるだけさ」 そう言って、憎たらしいほど爽やかに彼は笑った。 「…もういいからさ、早く携帯決めちゃいなよ!今日しか時間取れないんでしょ?」 そう、彼は明日になればまた寮へと戻ってしまう。そして、次に彼と会えるのは年の暮れ。 …そうやって、お互い別々の時間を過ごす。 彼は、彼女のいる世界へと、行ってしまう…… 「そうだなぁ、はどれがいいと思う?」 「…すごくやる気のない質問だねぇ」 「いや、だって、俺はあの携帯が動くのだったら、あのままでよかったんだが…」 「うっかり洗濯物の中に入れちゃった人が、今更何を言っちゃうの?」 そう言って、私はにんまりとほくそ笑んだ。 …そう。彼は珍しく、うっかりをしてしまったのだ。 「携帯を洗濯するジーパンに入れたままにしちゃったなんて、初歩的なミスをまさか、克朗ちゃんがするなんて思いもよらなかったよ」 「あれは…事故だ」 「ふ〜ん?」 携帯は壊れてしまっても、あのストラップは壊れなかった。 今日、二人で選んだ新しい携帯に、またあのストラップがつけられるのだろうか? …そんなの、わかりきっている事だけど。すごく胸が痛む…… 「?」 「えっ、何?」 「いや、この機種でどうかな?って訊いたんだが…」 「ああ、これ。ちょっと前にCMしてたよね」 「そんなに高くもないし、丁度いいかなっと思っているんだけど」 「そうだね。色々コンテンツが豊富らしいし」 「ああ。画像が綺麗なんだ。あと、音も良い」 詳しいんだね。と言おうと思ったけれど、やめた。 “誰か”が持っているんだろうって簡単に想像ができる。 それも、彼にとってとても身近な“誰か”が。 「じゃあ、この青にしようかな」 「青?珍しいね、いつも携帯は黒を選ぶのに」 「誰かさんが青色が好きだからな」 そう言って、彼はにこりと破顔した。 …ああ、彼は知らない。 彼から貰った、青色の絵の具やクレヨンは、私にとって宝物だった。 その大切な青色に、彼は、違う女の人とお揃いの物をつけようとしている。 「すいません!」 彼は店員さんを呼んだ。 「すいません、この機種の青いのをください」 彼が求めたのは、海とも空とも言えぬ、青色の携帯だった。 |