のんびりと、牛みたいに丸々とした雲が空を横切っていった。空を見上げて、私は大きくあくびをした。

あったかいなぁ。とぼんやり思っていると、遠くから誰かが私を呼んでいる声が聞こえた。…でも気のせいだろうと思って、また飽きずに空を見上げ続けた。最近、歳のせいか(といっても14歳なんだけど)空耳が激しくって。一々、空耳に反応してたら疲れるんで、最近は聞こえても空耳だって流す事に決めている。

今日の夕飯なんだろう…
私は、牛みたいな雲を見上げてそう思った。

「…牛タンって美味しいよね」

周りに誰もいない事はわかっていたけれど、思わずこぼれた。

「塩とレモンダレが最高だと思うの」
「僕はそのまま焼肉ダレでもいけると思うけど?」

思わぬ返答をもらって、私は驚いて背後を振り向いた。

「わぁ!笠井くんだ」

驚いた様子の私に、笠井くんは呆れたようにため息をついた。

「さっきから何度も呼んでたんだけど?」
「あっそうなの。てっきり空耳かと思ってた」

私が照れ隠しに笑って見せると、笠井くんは益々呆れたようだった。

「誰もいないってわかってて、牛タン食べたいって言ってたの?」
「え〜…あ〜うん。何だか最近独り言増えちゃって」

困ってるんだよね、と笑った。

「歳なのかな?」
「バカ言わないでよ。まだ14歳じゃん」

私はあははと笑って誤魔化した。…笠井くんって真面目だからノリが悪いというか何と言うか… ぜったい藤代くんだったら、「そしたらキャプテンなんかどうしたらいいんだよ?」とかなんとか。絶対笑ってノってくれるのになぁって思った。

「で、笠井くん。私になんか用ですか?」
「あ。そうそう。さっき誠二が呼んでたよ」
「藤代くんが?」
「そう。続きのマンガ貸してくれ!って喚いてたよ」
「あ〜マンガかぁ」

そう言えば、藤代くんにマンガ貸してるんだよな〜。

「それなら携帯にでも連絡くれればいいのに」
「誠二、今日寝坊しかけて携帯寮に忘れてきちゃったんだよ」
「そうなんだ〜」

そう言って、よいしょと呟いて芝生から立ち上がった。

「藤代くんが直接来ればいいのに。わざわざ笠井くんを使うなんてー」
「別に僕は構わないよ」

笠井くんはくすりと笑った。笠井くんの笑った顔って、ちょっとだけ幼く見えて、そして少しだけネコみたい。…なんだか新鮮な気分だ。思わずドキドキ心臓が鳴った。

「そういえば、何のマンガ貸してるの?」
「え〜とね、『ベルサイユのばら』って知ってる?」

私が笑うと、笠井くんはきょとんと目を丸くした。

「『ベルサイユのばら』って少女マンガだよね?」
「うん。お目めチカチカの少女マンガだよ」

そういうと、笠井くんはクスクス笑い出した。

「誠二が少女マンガね…」
「あら?少女マンガだからって侮っちゃいけないよ!」

なんだか、笠井くんが笑うと、不思議と嬉しいって思った。

「今度、笠井くんにも貸してあげるよ」
「…ありがとう」

そう言って笠井くんは、教室に戻ろうって促した。









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