エターナル
アフターイメージ






…だから、バイバイ








きっと今まで私は、補助輪つきの自転車で走っていたようなものだったんだと思う。
安定感は抜群!スイスイ道をひた走る。恐くない。だって補助輪が支えてくれるもん。でこぼこ道もぬかるんだ道も、スイスイとひた走る。

だけど、補助輪とおさらばした。それは唐突でもあり、そして予感めいてもいたことだった。

補助輪なしの自転車が恐かった。あんなに安定して運転していたのに、外した途端、グラグラ今にも落ちそうになっちゃう。…恐かった。でこぼこ道もぬかるんだ道も、そして普通の道さえもグラグラと覚束ない運転で進んでいく。何度も何度も自転車から転び落ちた。その度に擦り傷とか傷が絶えなくって、痛くて痛くて、自転車を立ち上がらせてまた自転車をこぐのが凄く嫌になった。だから私は思わず何度もブレーキをかけて立ち止まる。そして後ろを振り返って、進んできた距離をそっとはかってみる。
…全然進めてない。
愕然と、泣きたくなった。全然進めないよ。
補助輪が懐かしい。あんなにスイスイと進めていた、補助輪つきの自転車がいい。

こんなの恐いよ、嫌だよ。

私は立ち止まったまま、ただ過去を懐かしんで泣いていた。
…進めないよと、ペダルに足をかけるのが恐かった。だからブレーキをかけたまま、立ち止まり続けた。





空を見上げて





…ねえ、英士。あなたとかわした約束、幾つあったっけ?
両手じゃ収まらないほどしたっけ?

――おかしいね、何だかもう、忘れちゃったよ。

おそろいのリングをはめてみたの。すごく久しぶりに思えた。シルバーの輝きが意外にもう曇ってた。そうだよね、これ買ってから何年も経ってるんだよね。
はめたらね、かわした約束いろいろ思い出したよ。さっきまで忘れてたのに、不思議だよね。このリングに記憶されてるのかな?…有り得ないね、でもそんな奇跡あったら素敵だと思わない?
現実主義者の英士には解ってもらえないかな?
でもね、女の子はどんな女の子もね夢を奇跡を待ってるんだよ。だけど恥ずかしくて言葉に出来なくって、心の下の方に隠してるんだよ。…あ〜こんな言い方ちょっと恥ずかしいね。照れちゃうわ。

だからさ、英士と今の彼女の間に奇跡が舞い降りたんじゃないかなぁって思ったの。

人と人の気持ちが重なるって、私は奇跡だと思うの。だから私と英士の気持ちが重なった4年前も、奇跡が舞い降りたんだよ。きっとね。
好きって感情が重なるなんて、本当はとっても難しいんだよ。けれど私と英士は、英士とあの子は幸運にも重なり合えたんだよ。大抵の好きはね、すれ違って、そして行き場をなくして迷子になってることが多いと思う。だから人は心に、他人に言いようの無い闇や傷を背負って、でも明日の幸せを探してまた人を愛すんだと思うの。

人は愛されたいって願いながら生きてるんじゃないかな?

それは親でもあり、友人でも有り、そして想いを寄せる人でもあり。
知らない人や、これから出会う人や、クラスメートや仲間でも。
誰かに愛されたい、誰かを愛したい。そんな心の熱があるから生きているんだ、存在があるんだって実感するのかな?愛されたいって、人は母胎からあの小さな掌に握り締めて生まれてきたんだよ。そして産声をあげるの。私は此処にいる!愛してくれ!って。

親の愛や、友達の愛を抜かして一番に、愛されたいと一番想ったのは、あなたでした。

だから色々わがまま言ったり、試すようなこと言ったりしたんだよ。
重たかったかな?

今更ながらに自分のわがままが恥ずかしくなってきたよ。これを後悔っていうのかな?

だけどね、私、こんな形で終わってしまったけど、幸せだったと思う。英士と気持ちが重なって、手を繋いで一緒に帰ったり、初めてのキスをしたり体を重ねたり。いろいろな始めてが、英士で良かった。嬉しかった、幸せだった。…この境地に立つまでにいろいろ悩んだり、英士を恨んだりしちゃったけど、ようやくこんな気持ちになれて、すごく嬉しい。だからさ、大人になったって褒めて欲しい……

そうそう、リングをはめたって初めの方に言ったでしょ?
…なんだかさ、もうしっくりこないよ。
だってね、私太っちゃって、リングがきつきつなの。やだなぁ、勉強するか食べるか寝るかの生活じゃ太るよね。受験ってやっぱりストレス溜まるから、食べるに走っちゃうんだよね〜。でもね、7号がキツキツってのはまだ救いようがあると思わない?今は多分9号あたりがジャストだと思うの。今リング外したんだけどさ、くっきり痕が残っちゃったよ!やっぱり食べすぎには注意しよう!



最後になったけど、英士元気?
サンフレッチェに決まったんだってね?
…なんで教えてくれなかったのか、今ならわかるよ。きっとあの時、教えられてたら私、何も考えずについていくって言ってきかなかったと思うから。

世界が私と英士で出来てたの。
これは勿論心の世界の事ね。

英士がいなきゃ、私が成り立たなかった。
私がいなきゃ、英士が成り立たないって思ってた。
一人じゃ立つ事さえもできなかった。
依存って恐いね。

英士が好きだった、けど、依存しちゃいけなかったんだよね。

英士と私の恋愛感情だけじゃなんにも生まれないよね。私の世界は狭かった。英士さえ居てくれたらって年がら年中思ってた。ほんとうに子どもだった。
きっと英士、苦しかったよね?
色んな嫌な事を私の変わりに受け止めてくれてたんだよね。

英士に守られて、だけど私は英士に守られてる事も気づかなくって、ただ不満ばっかり言ってて…

本当に英士には頭が上がらないよ!
…こうやってね、受験勉強してるとね、気づく事があるの。ふとね、色々考えるの。受験勉強って自分との戦いだからさ、きっと気づくんだと思う。英士は、サッカーを小さい頃からやってて、きっと自分との戦いを何度も何度も経験してきたから、私より気づく事が多かったんだよね。



人は、大切なものを失ってから気づくと言うね、
きっとそれは、大切なものから離れて、思考が一旦“間”が出来るから気づく事が出来るんだと思った。

渦中に居る時は気づかない事も、離れてから、ふとした時に気づく事がたくさん!

本当にたくさんありすぎて、困っちゃうよ。
まあ、私がいけなかったんだけどね。
私が私のことしか考えてなかったから、いろんな事に傷をたくさん作ってきた。いまさら悔いても仕方が無いんだけど、でも自分の愚かさに腹が立つんだ。無力で考えなしで。4年間、私は自分の一番居心地のいい綺麗な温かい世界で暮らしてきたんだよ。だから、今、現実に立たされて夏の暑さや、冬の寒さに身を守るスベを知らないの。4年間、英士っていう“シェルター”が私を守り続けてきてくれたから。

英士は温かかった。

…正直言うと、まだ胸に痛みやシコリは残ってるんだけど、私は進もうって思うの。英士以外の誰かを愛そうとか、強くなろうとか。過去ばかり振り向かないで進もうって思うの。

強くなるよ

いろんな言葉が頭の中でごちゃごちゃし始めたから、そろそろ切り上げるね。こんな紙一枚では表せないほど、4年間、長かったね。いろんな事があったね。楽しかったよ、嬉しかったよ。悲しかった、切なかった。こんなに人を思うことが出来て、よかった。

いつか、会えるといいね。

…そう言っておきながら、今はまだ会えないな。会ったら、この区切りをつけようって思った気持ちが鈍っちゃうから。だからまだ、さようならだね。

家が遠くないから、ばったり会っちゃうかもしれないね。

でもそんな時は、お互い他人の振りをしよう?最後にワガママを言わせてね。
きっと英士に会ったら泣いちゃうから、それだったら目があっても、何か言いたい事があっても、他人のふりでいよう?私はまだ、心の中に英士が残ってるの。まだ英士が好きなの。きっと愛してるの。
だからってね、この気持ちが報われたいって思わない。思わないように世界を広げる。
私はきっと死ぬまで英士が好きだと思う。でも英士が好きだって気持ちの上に、誰かをまた好きだって気持ちが重なっていくの。そうやって英士を愛していくと思うの。


いつか、本当に誰かを愛せたら、英士と会えると思う。


まだ自分の気持ちや考えがぐちゃぐちゃして大人になりきれないけれど、子どものままでいたいとは思わないから。矛盾した気持ちが色々交錯するけど、綺麗に思い出として残したいから。

心が弱まっても、過去に囚われないようにするから。
英士の事を一番の“友人”として愛せるようになるから。

今まで本当にありがとう。ここまで私の意味不明な手紙を読んでくれて。
元気でいてください。それが私の今一番の願いです。



さようなら、お元気で。
また会いましょう。



* * *



私はリングの痕が残る薬指にそっと口付けをした。書き終えると同時に涙がとめどなく溢れ始めた。ああ、この手紙を彼に出してしまえば終わってしまうんだな。
――けれど私は気づいていた。
心の中で英士への未練を感じながらも、新たに動き始めた感情を。
後悔しないように生きるなんて、私には無理。だけど、過去に囚われすぎて、新しい感情を台無しにするのも嫌だ。そう、私はわがままで欲張り。不器用なくせに器用に見せようとする見栄っ張り。

窓の向こうを眺めれば、いつの間にか夏は終わり、秋が来ていた。
季節が廻ってくる事さえ、目隠しをして気づかないふりをしていた。
感傷に浸れば、新たに傷つく事はなかったから。

涙で視界はぼやけるけれど、なるべく現実をみよう。“痕”は残るけれど、痛いけれど、でもその痕さえ気にならないほどの喜びを見つけよう。自分の足で、手でもぎ取ろう。

そんな決心をしているとタイミングよく携帯のバイブ音が響いた。ディスプレイを見ると、これまたタイミングよい人からの電話だった。

「もしもし?」
『もしもし衿子か?』

私の携帯だから当たり前なのに、とくすりと笑ってしまった。

「そうだよ、衿子だよ。前谷衿子」
『…何笑ってるんだよ?なんか面白い事あったのか?』

私はそうだね、と呟きまた窓越しの空を見上げた。
夕日の世界。風が凪ぐ、秋の人恋しい季節がやってくる。

「……ねえ、結人」
『なんだ?』

英士が冬なら、私は夏。人を自分さえも焦がさないといられない夏。
きっと英士の彼女は春。穏やかに華やかに、温かく人を迎え入れる春。
冬の寒さを包み込み、そして春の喜びへと導く。

「秋だね…」

真夏みたいに満面の笑顔を浮かべる結人。
結構熱血漢でお節介で。…私と同じ、夏だね。

『……そうだな?』

それだったら、夏の寂しがり屋の私たちには丁度いいかもね。


外で秋風がせせらぐ。
“人恋しいよ”と……



けれどそれは、あなたじゃない。



私は結人と電話で話しながら、封筒に切手を貼った。
……後は、投函するだけ。



もう、あなたじゃない……






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