アフターイメージ 理想の人になろうと 全部受け入れようと決めたけど 現実は簡単じゃなくて “私が居ない”あの人の過去が悲しくて、 「なんで私じゃないんだろう」と いいようのないしがらみに縛られて 結局は受け入れるって決心を真っ当出来ずに、 決心したのは自分なのに あの人を憎んで、 あの人の向こう側にいる人があまりに羨ましくて恨めしくて 出来なかったのをあの人たちのせいにして、 そうやって私は悲劇のヒロインのドレスを着るんだ。 まどろみの向こう その人のメールは、親愛なるさまと始まった。 親愛なるさま 元気にしていますか?もう東京も秋らしくなって来た事と思います。 よく季節の変わり目に体調を崩していたので、温かくして気をつけてください。 久しぶりにメールを送ったのも実は理由があります。久しぶりって言っても2ヶ月ぶりだけどね。実は父方の親戚に不幸があって、東京に戻ることになりました。 相変わらず父は色んな所を飛び回っていて、行けるのが俺ぐらいでね。本当にあの人は仕事人間です。一緒に住んで改めて思いました。社会的に地位があって完璧なビジネスマンである反面、家庭をかえりみない。母さんと別れてから一層そんな風になったと感じました。父は父で可哀想な人です。きっと寂しさを忙しさで紛らわしているのかもしれない。一つひとつ年を重ねるごとにそう感じるようになったよ。…僕の話ばかりでつまらないね、ごめん。 ちゃん大学決まったんだってね、おめでとう。 大貴から聞いたよ。大貴とは未だに連絡を取る数少ない友達なんだ。本当に君のお兄さんはお人よしというかお節介というか、本当にいい人だね。あんなに唐突に消えるように日本を去ったのに…… あの頃も大貴が居てくれたから僕は一人って寂しさを感じる事もなかったよ。もちろんちゃんもいてくれたしね。家庭の温もりをくれてありがとう。あの頃そんな優しさに触れてなかったら、人間として何か大切なものを欠いたままだったと思う。得がたいものを与えてくれてありがとう。感謝は言葉で表しきれないほど、思い出は柔らかな温度で満ちています。大貴が笑っておばさんの美味しいご飯があって、時々おじさんも交えて。そしてちゃんがいて。幸せな時間でした。 さよならも言わずに日本を離れた事を怒ってるよね。 謝ったところで許してもらえるわけじゃないけど、本当にごめん。 あの時、「さようなら」と告げるのが恐かったんだ。そういったら何もかも終わってしまうように思えて、全部が夢だったんじゃないかって。 …本当はそんな事無いのに、だけどあの時は本当にそう思ってたんだ。 僕は、残される悲しみを知ってるから。だからそう思ったのかもしれない。 両親が離婚して、母親が他の人と暮らし始めて。父親は海外に単身赴任して。家庭が崩壊して、幸せだと感じたりもしなかった普通の日常が、なくなって。失ってそれが幸せだと気づいて。両親は自分の親だけであって欲しかったのに、母親がその一緒に暮らし始めた男の人の子どもの母になって。 残される悲しみの虚しさを知ってるからこそ、君や大貴やご家族にはちゃんと別れを告げなきゃいけないのは解っていたんだ。解っていたんだけど、できなかったんだ。君の悲しむ姿を見たくなかったし、それにあの温かい一時があまりに幸せで。夢であって欲しくないけど、もう夢でも何でもいいから、だから覚めないで欲しいって。壊れないで欲しいって。 わがままでごめん。身勝手すぎるね。本当にごめん。 ごめんって言葉だけじゃ足りないね。だけどごめんしか言葉がありません。 星を見上げるたびに、君のことを思い出します。あの田舎の零れ落ちそうな星を二人でただ言葉も無く見上げたあの時間が愛しくて、涙がただこぼれそうだった。あれほど時間が惜しいと感じた事はなかったよ。ありがとう。本当に幸せで、綺麗で、愛しくて。今も、愛しています。好きという感情は離れて時間が経つにつれて愛しさに変わりました。俺ばっかり都合のいい御託ばかり並べてるけど、卑怯な俺の中で嘘偽りの無い真実なんだ。心から愛してる。 2年経ってちゃんも変わったと思います。 きっと素敵な女の子になったんだろうね。無邪気な笑顔に癒されて、優しさに穿った心をそっと埋めてくれた。時は戻せないけど、でも心はいつもあの頃に思いを馳せてます。 さて、長々とごめんね。久しぶりのメールだからついつい書きすぎました。 このメールを送ってから空港に向かいます。こっちは北部で寒いけど、やっぱり日本はこちらに比べたら暖かいかな? 君に会えたらいいなと思います。けどこれは俺の勝手な思いだから、会いたくなければ会いたくないと言ってください。そういわれても当然な人間だから。…でも会いたいです。 それでは。 友田和哉 * ……本当にズルイ人だ。 「なんで…こんなメール送るのよ」 ディスプレイに嘆いたところで届かないのは解っているけれど、でもなんて卑怯な人なのだろう。こうやって残された人間に、置いてけぼりにされた私に、愛してるだなんて。いつしか涙で視界が揺らぎ始めた。 ――ああ、なんで。なんで――……っ! なんでこのメールを見てしまったんだろう。いつものように見ないでただ保存しておけばよかったのに。こうやって日本に戻ってくる事を知らずに、悲しみの狭い世界に閉じこもって居ればよかったのに。どうして、こんな時に。 私の頭の中は、なぜやどうしてがぐるぐると廻って、答えを導いてくれないのに、何度もそのメールを読み返した。――嬉しいのか、それとも苦しいのか。胸が詰まりそうなほど鼓動が忙しくて、身体が震えた。機械の文字にぬくもりは無いけど、その文章の友田さんの温かさは寂しい心にひどくしみこむ。僕といったり俺といったり。そんな二面性を窺える所や、返信の当ても無いのにこうやってメールを送って。罪滅ぼしのように、過去の自分と向き合うように。この2年で友田さんはそんな強さを得た。 だけどと私は唇を噛んだ。 ――私はあの頃からなに一つとして変わっていない。 誰かに愛してるなどといわれるだけのものを持っているようにも思えない。だって私はずっと自分の幸せばかり夢を見て、誰かの悲しみにそっと目を背けてばかり。全部受け入れようと、悲しみも理想も全部を受け入れようとしたのに、結局は私はそんな大きな手を持っていなくて。こぼれてゆくものがあまりに多すぎて、残ったものもいつしか風にさらわれて。――自分の力を過信していたんだ。もっと出来る人間だと思ってた。優しい人間だとも自惚れていた。けど本当はそう夢見るだけの人間だった。 郭くんが好きだった。 だから全部を受け入れようって思った。 けど、受け入れられなかった。出来なかったんだ。衿子さんが好きでもいいって思ったのに、自分が一番じゃなきゃ嫌だった。一番じゃない自分の存在の意味が解らなくて、郭くんが一番好きだと思ってたのに、ぽっかりと心にあいた穴から顔を覗かせたのは、過去で。友田さんで。実らなかったけれど何も言わず置いていかれたけれどでも、“一番だった”って郭くんより自信があったから、いつしかその思いに囚われた。 そしていつしか、郭くんが好きなのか、それとも郭くんが好きな健気な自分が好きなのか。 それすらも、わからなくなっていた――…… 零れる涙が熱くて、会いたいって言葉が温かくて。 自分の気持ちなのに、もう、どうしていいのかすら、私には判断できなくなっていた。 back |