愛してる。の意味を知りたかった アフターイメージ 「英士」 ふと空を見上げていると、背後からおずおずと気まずそうに呼ぶ声が聞こえた。 空は抜けるように青くて、太陽がまぶしくて、目がちかちかして、気温は湿気をたくさん含んで暑い。 「何?」 俺は振り向かず、そのまま眩しい空を見上げていた。 振り向かずとも、声の主ぐらいわかる。 ――幼馴染、とも言っても良いぐらいの仲だろう。 今日は、ロッサの練習日。 昼休憩になったけれど、なんだか誰かと居るのが落ち着かなくて、わざわざこうして日が照りつける場所に佇んだ。 こんな変な場所にいる俺を不審がっているのか、結人は気まずそうに落ち着きをなくしていた。 ――結人が何を言いたいなんか、わかりきっていた。 だから、俺が言う言葉はもうとっくに出来上がっていた。 それが、変におかしかった。 情けないほどに…… 「衿子とは、別れたよ」 「みたいだな」 「衿子とは…長かったな」 別に同意が欲しい訳ではなく、ただ自然とこぼれた。 本当に、長かった。 お互いが、お互いの、どこか一部になっていた…というべきか。 呼吸するのが当たり前のように、サッカーするのが当たり前のように、 当たり前のように、お互い寄り添い、求め合った。 彼女が笑えば、自然、俺も笑っていた。 ――そんな仲だった。 「英士……」 「何、結人」 「衿子から…電話があった」 ああ。 俺は、思わず目を瞑った。 瞑ったまぶたの裏は、ちかちかと太陽の残像が映る。 「衿子…何か言ってた……?」 「英士、お前さ…」 結人は、きっと怒ってるんだろう。発する一言一言が、背中にピリピリと刺さる。 衿子が、結人に電話をするのは、わかりきっていた事だった。 衿子と付き合い始めて2・3ヶ月経ったとき、結人と一馬に引き合わせた。 その時の二人は、嬉しそうに衿子を歓迎して、しばらく皆で話す内に、結人と衿子は気が合うのか、楽しそうに話合っていた。 ――それから二人は、男女の垣根を越えて「親友」となり、お互いの身の上を相談しあう仲になった。 大抵は、結人の相談が多いらしく、時々衿子は俺に少しだけ話すことがあった。 『結人くんって、軽そうに見えるけど、人一倍真面目な人だね』 ――だから、今回の事で、『人一倍腹を立てる』のも仕方がない話なのかもしれない。 「英士、衿子泣いてたぞ」 わかってるよ。 「…まだ好きだって、言ってた」 わかってるよ。 「本当は、やり直したいって」 …わかってる。 「おい、英士聞いてるのかっ?!」 俺はゆっくりと、左の人差し指をさすった。 そこには、今朝かえたばかりの真新しい絆創膏が貼られていた。 ――あれから、ゆっくりと傷は塞がっていった。 けれど、俺はまだこの『絆創膏』を外せないでいた。 「結人……」 「なんだよ」 俺はゆっくりと振り返った。 そこには案の定、ふくれっ面の結人が佇んでいた。 ……きっと俺は笑っているに違いない、否、そうじゃなきゃいけない。 「俺は…衿子が好きだよ」 そう呟いた一言は、どれだけの気持ちが詰まっているんだろう。 俺は、もう何度目かの『悲鳴』を聞いた。 「…だったらなんで、なんで別れっちまうんだよっ?!」 憤慨した結人は、今にも泣きそうな目をしていた。 「な…んでだよ。なんで…別れっちまうんだよ…好きなら、好きなら別れる事なんてないじゃねぇかっ!」 結人は悔しそうに袖下で鼻の下を拭う。 俺は、ぼんやり世界が回っていく感じにとらわれた。 ずいぶん前に、結人は恥ずかしそうにポツリと呟いたことがある。 『お前らを見てると、永遠…ってあながち嘘じゃないって思える…って俺ってクサいなっ!!』 そう呟いた結人は恥ずかしそうに笑った。 だから、俺と衿子が別れた事で、結人の『神話』が崩れてしまった。 …俺も、衿子と付き合ってる時は『永遠』って陳腐かもしれないけど、あるって思えた。 けれど、それはただの『寓話』。『おとぎ話』でしかなかった。 「…結人」 「なんだよっ…」 「結人は…、結人は今でも、『永遠』って信じる…?」 結人は、また腹立たしげに、袖元で鼻元を拭った。 「…今っ!なんでそんな質問に答えなきゃいけねぇんだよ」 「結人…」 「俺の質問から答えろ!バカ英士」 鼻を拭うのをやめた結人は、きっ、と俺をねめつけた。 こすった鼻元は赤く、目も赤く充血している。 …なんて、羨ましい。 こんな風に、俺も感情に素直になれれば…と何度思っただろうか。 ――結局は無いものねだり…なんだろうか。 衿子 とても明るく、自分を偽らない人だった。 俺はその明朗さ、率直さに惹かれた。 またその明るい仮面の下に、とても傷つきやすい『彼女』がいることに気づき、また惹かれた。 明るい割りに、人一倍悩みやすくて、傷つきやすくて。 だから「守ってあげなきゃ」って思った。 俺が持っていないものをたくさん持ってる彼女が、傷ついて、失っていかないように、「傍にいてあげなきゃ」って思った。 「…だけどダメだったんだよ……」 「えっ…?」 俺はなんだか悔しくて悔しくて。悔しさのあまり笑いがこぼれた。 ――涙をこぼせないかわりに…… 「俺は、結局。結局…衿子の欲しがるものを与えてあげられなかったんだよ」 「…欲しいもの……」 「そう。欲しいもの」 「ならっ!今からでも、その『欲しいもの』を与えてやればいいじゃねぇかっ!」 俺は静かにかぶりを振る。 「それは無理だよ。結人」 「なんでっ?!」 俺はまた、絆創膏をさすった。 「それを与えたら、俺が俺でなくなる…から」 「…さっぱり意味わかんねぇよ!」 結人は、今にもかぶりつきそうな勢いの剣幕だ。 ――もしかしたら…結人だったら、衿子に「それ」を与えてやることが出来たかもしれない。 ……否、そうじゃないな。『人一倍真面目』な結人は、こうなる前に別れていただろう。 「結人は、もし大切な人に『サッカーを辞めてくれ』って言われたら、どうする?」 結人は考える間もなく、答えた。 「俺だったら『無理だ』って答える」 ――だろうな。 俺はその答えにクスりと笑ってしまった。 「…なんだよ!英士もそうだろうが!」 結人は心外だ、といわんばかりだ。 ……そう、俺も『心外だ』。 「結人。衿子に『与えて上げられないもの』わかった?」 一瞬、ぽかんと結人は目をパチクリさせた。 「そ…そんなんじゃ、わっか……!?」 はっ、とした結人は、戸惑いがちに俺の目を見つめてきた。 ――結人は悟ったらしい。 でも、結人は認めたくないらしかった。 「衿子に…衿子に限ってそんなことっ!」 そして、ややあって俺はまたかぶりを振った。 「結局はそういうことだったんだよ。結人」 「だ…って、衿子…あんなにお前の活躍を期待してたじゃ…」 「誰だって、寂しい時に駆けつけて欲しいでしょ」 「そうだけど…っ!」 「…衿子はいつも『寂しい』って言葉を飲み込んで、我慢してきた。それは、俺にもわかる」 ふっと俺は、笑みを浮かべた。 それは自嘲する、笑みだ。 「…俺も寂しかった。けれど自分の『寂しさ』に手一杯の衿子に言える訳、なかった」 「英士……」 「衿子はしっかりしてるように見えて、その実脆い。誰かが傍にいてあげなきゃいけない人だよ」 けれど、と俺は思わず瞑目した。 「だけど、俺はそんなに四六時中いてあげられない」 衿子と付き合うようになってから、時間が忙しい俺を最優先にするようになった彼女。 友達づきあいも、何もかも捨てて、俺と会うっていう選択肢を続けてきた。 …正直、最初は嬉しかった。愛されてるって実感できた。 ――けれど、それは彼女の為にもよくないと、そう時間が経たないうちにわかった。 いくら好きあっていても、四六時中一緒にはいられない。 俺には、サッカーがある。 サッカー選手になるって夢もある。 だから、衿子の事だけ考えてる…なんてできない。 それに、世界は、俺と衿子だけじゃない。 他のたくさんの人たちがいて、その中に俺らがいる。 決して『世界は二人だけじゃない』んだ。 …きっと衿子もわかってはいただろうけど、理解はしていなかったと思う。 俺に向ける慕情だけでは、彼女は生きてはいけない。 だから俺は、わざと衿子と違う高校を選択した。 そうワンクッション置くことで、彼女の頭も冷静になる…って思ったからだ。 けれど、逆効果だった。 「俺は…今でも衿子が好きだよ」 それは、本当の気持ち。 「だけど、好きって気持ちだけで、衿子を幸せにしてあげれない」 だって―― 「…きっと広島に行くことになった…って言えば、衿子は何もかも捨てて俺について来ると思う」 結人は何も言えず、佇んでいるようだった。 「それは…お互いに良くない。俺も…衿子をかまってやれるだけの余裕は…無いと思う」 小さい頃から夢見た、サッカー選手。 それになる為に、どんな努力も、どんな犠牲も厭わなかった。 「俺は…夢をかなえる為に努力してきたつもりだ。だから、その努力を水の泡にするわけにはいかない」 ふわっと、蒸し暑い日差しの中、軽やかに風が吹いた。 そっと軽く、前髪をなぜる、その風。 ――思わずふっと頬が綻んだ。 前に暇な授業中に、辞書をパラパラとめくっていたら『僥倖』って言葉に行き当たった。 ――意味は、『思いかけず巡り合った幸せ』という意味だったはず。 「衿子は…衿子には、今まで以上に幸せになって欲しい。大切にされて欲しい」 「…英士」 「今も…今も好きだから、そう願ってやまないよ」 さぁと歩みだし、結人の肩を軽く叩いた。 「もうすぐ練習再開でしょ」 ――そう。これでいいんだ。 お互いが、お互いの道を進む。 ただそれだけの事…… 数歩歩いたところで、結人が呼び止めてきた。 「英士っ!」 俺は肩越しに結人に振り向いた。 「衿子が…衿子が英士に『他に好きな人が出来た』って言ってたけど…本当かっ?!」 結人の顔は真っ赤だった。 色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、パニックになってるのかもしれない。 ――きっと俺も同じ状況か。。。 ややあって俺はゆっくりと答えた。 「例えそうであっても、どうこうするつもりはないよ」 「英士っ!」 「練習始まるよ、結人」 それから俺は振り返らず、なにか怒鳴り叫んでいる結人を残してピッチに戻っていった。 ――そう。どうこうするつもりはない。 否、どうこうするだけの資格が俺には、ないんだ。 もう二度と、誰かの傷つく顔を見たくない。 そしてもう一度、絆創膏をさすって、ピッチに戻っていった。 back 英士がナゼ彼女と別れたかと説明する回でした。 …正直疲れました。 好きって気持ちだけじゃどうにもならないって、 最近随分色々と学ばされました。にしてもヒロイン出てない!! …いっそオリジナルに変更すべき?…無理か。 あっ。ヨンサの元カノは衿子さんっておっしゃるみたいです(笑) |