濡羽色の空に、燈る、儚い想いたち 優しい彼が、どうか傷つきませんように…… アフターイメージ 利他的、利己的。相反する意味を持つ言葉たち。 ……差し詰め、自分がどちらの人間かと問われれば、利己的と答えるだろう。 それは卑下して答えているわけではなく、『私』という中身を知っている人間ならば、その答えに頷くだろう。 …こんなに改まって何が言いたいかというと、 クラスの委員長や、部長や、みんなの相談役という役職を持つ私は、みんなが思うほど『そんなに出来た人間じゃない』って言いたいだけ。嫉妬も、苛立ちも、時として侮蔑を抱くこともある、一介の人間。 だから、別れを切り出した彼――もう、元彼というのだろう――のことを恨んだりするし、まだ好きだという未練を感じてしまう。 そして、恋しい愛しいが通り過ぎてしまうと、ある種の感情が生まれ出てきてしまう。 ――私は、『今回の経験』で、自分の中にこんなにも汚らしい感情を抱いていることに気づかされた。 …否、本当は気づいていたのかもしれないけれど、私はそれを認めたくなくて、そっと目を瞑り耳を塞いでいたのかもしれない。 その感情は、腹の底から湧き上がる鬱陶しいほど泥ついた粘りと、脳内を沸騰させるだけの熱さを持っている。 嫉妬 そんな可愛らしい感情じゃない。 憎悪 …どちらかというとそちらの方が近いのかもしれない。だけど、それを受け入れるには怯んでしまう。 嫉妬と憎悪。 私の感情は、きっとその二つの間で揺らぐモノなんだろう。 * * * 近くで行われる花火大会は、ある種有名だった。 変り種の花火が上がり話題性に富んでいた。 最近、受験勉強に行き詰って落ち込んでいた私を見かねて女友達が花火大会に誘ってくれた。行き詰る要因は、自分が今まで勉強をおざなりにしていたことと、そしてその要因の彼。 …勉強をおざなりにしてきたことを彼のせいにするわけにはいかないけれど、でも、別れを切り出した彼に不満を抱かないわけにはいかなかった。 「衿子。かき氷食べない?」 友達は気を使って、落ち込んでいる私にそっと話しかけた。 ――ああ、こんなの私らしくない。いつもなら、いつもの私なら、立場は逆だったのに。 気を使うのは、私。気を使うことのできるポジションは、私のものだったのに。 「…うん、そうだね。この暑さに参っちゃってたよ」 けれどそんな考えを吐露するわけにはいかなく、いつもの調子で話さなければいけなかった。軽い、軽いフットワーク。…それが私の持ち味だ。 私と友人は、しゃりしゃりと音を立てながら甘い甘い、キッチュな味わいのカキ氷をほお張って、露天が立ち並ぶ通りを歩いていった。 ひんやりと、でも頭に響く冷たい、カキ氷。…どれぐらい久しぶりに食べただろう。ここ何年、お祭にでかけることはなかった。 原因は、英士のサッカーのせい。 大抵、合宿だ、遠征だと言ってこの時期彼がいることはなかった。 …無論、友達に誘われたことはあるけれど、英士と行かなければ祭りの意味を持たなかった。 特に、この花火大会…… 友達が色々と話しているのに耳を傾ける。傾ける…と言っても、失礼に当たらないぐらいに相槌を打つ程度だ。そんなやる気がない私に気づいていないのか、友人は楽しそうに一人でぺちゃぺちゃと話している。 虫の居所の悪い私は、「この人は私のいたポジションには向かないな」って思った。自分ばかり話していて、人に話を振るスキルがないのか、頭が足らないのか…… イライラしながら、カキ氷の山をザクザクとスプーンで刺して、気を紛らわそうと周りの喧騒に目を向けることに徹底した。 …それでも友人は私が話に興味が無いことに気づかず、一人で喋り続けた。 そんなお互いバラバラに、ゆっくりとした歩調で歩む私たちの傍をある一組のカップルが通り過ぎた。楽しげに、暑さで頬を染めているのか何なのか、仲よさそうに手を繋ぎ、お互いの会話に笑みを惜しげもなくこぼしあっている。 そのやりとりを見ると、胸がちくりと疼いた。 私が求めていたもの…… ああやって、何気ないことで笑い合える。 こうやって、行事に二人で参加できる。 このお祭っていう高揚感に、二人で浸れる…… なんて羨ましい…… 私と、英士はその高揚感に二人で浸ったことは、なかった。 否、なくはなかったけれど、語れるほどはなかった。 そんな喪失感と絶望感を交えた、羨望の眼差しでそのカップルを眺めた。 お祭なんてくるんじゃなかった。 ふとため息がこぼれる。 こんなに虚しい気持ちになるなら、来なければ良かった…… また腹立たしげに、スプーンでカキ氷の山に刺そうとしたけれど、シャリとした感触の変わりに、べちゃとしたあの独特のべたつきを指に感じた。 ――いつの間にかカキ氷が、水っぽくなっていた。 * * * 花火が上がるまで、あと一分ほどだ。私は徐に携帯を取り出した。 こんなにも、虚しくて腹立たしくて、楽しくもない花火大会だけれども、せめて記念にと花火を写メで撮ろうと思ったからだ。 どんなに嫌な気分を味わっていても、これから先出掛けることなんてめっぽう減っていくだろうと思って。 「凄い人だね」 友達が興奮したように耳打ちしてきた。――確かに。と思って無理やり頬を吊り上げて微笑んだ。…きっと薄暗いからうそ臭さなんてわからないだろう。 私たちは人垣に押されながら、今か今かと花火を待ちわびた。周りの人たちも薄暗がりの中でもわかるぐらいに目を輝かせ、興奮を抑えきれない様子だった。 たった数十秒のことなのに、中々上がらない花火をじれったく感じた。 ――私は自分でも気づかないぐらいに、花火大会に踊らされていた。 そして、花火は高らかに音を上げ、空高くにパンと何かに当たって砕けたかのように、見る見るうちに輝きを広げた。 最初の一発目の花火に、周囲から喚声があがった。 私も、今までの不快な感情を忘れて、ただただ打ちあがっていく花火を食い入るように見つめた。 何の変哲もない、オーソドックスな形の花火に魅了させられた。 真っ黒な夜空に、鮮やかな光で輝かす花火。 胸をすくう、躍動感。――ドキドキする。 私はまるで初めて花火を見た幼子のように、花火を見上げ、興奮していた。 花火は何発か連続して打ち上げられいたが、やがて“間”が設けられた。――多分、次から打ち上げられるのは話題になっている『変り種』と呼ばれる花火だろう。 私は、どうやら興奮しすぎて息をするのを忘れかけていたようだ。連続して打ち上げられた花火が終わり、余韻とも言うべき光が夜空から消え去ってから、ふぅと大きく息を吐いた。 隣にいた友達も大きく息を吐いて、綺麗だねと目を輝かせてはしゃいだ。私も興奮して何発目の花火は綺麗だったとかで、大いにはしゃいだ。――そしてすっかり手に握られた携帯の存在を忘れてしまって、写メを撮ることを失念していた。 「次から、変り種の花火が上がるのかな?」 「多分そうじゃない?」 そう言って、周りを見渡すと、カップル…と表すべき男女たちが妙にそわそわ浮きだっていた。 花火の高揚感で、さっきほどの虚しさは感じなかったけれど、やっぱり胸の奥がちくりと痛んだ。 ――そう。これからが彼らの真の目的。 そんなことをぼんやりと思っていると、ドンッと花火が打ちあがる音が聞こえた。 変り種の花火の始まりだ。 ややあって空に浮かんだのは、とあるキャラクターの花火のようだった。少しいびつながらもそれでもそのキャラクターだと認識できた。周りからはかわいいと女性の甲高い声がどこからともなく聞こえてくる。その例に違わず、友達もきゃぁとかかわいいとかしきりに声を張り上げた。 いくつか変わった形の花火が打ちあがった。その度に、面白いとか凄いとかそんな声がどこからともなく聞こえてきた。…そしてしだいにその声たちが、上ずるようにあせった声へと次第に変わっていく。 そして、その花火が打ちあがった。 ドンッと大きな音を立てて、夜空に飲み込まれたかと思った瞬間、神々しいまでの輝きを持って夜空に花開いた。 その花火が上がって、一瞬当たりが静まり、そして次の瞬間怒涛のような喚声に飲み込まれた。 溢れんばかりの喚声の中、また同じ形の花火が打ちあがった。 またしても周囲はどよめき、ボルテージが上がっていった。 そんな中、私はまるで迷子のように立ちすくんだ。 私はこれを見たいと、切に願っていた。否、願っただ。 溢れそうになったあの感情と、この打ちあがる花火はまるでそっくりだった。夜空に輝き、そしてはかなく散っていく。 溢れてこぼれそうになる、あの気持ち。 英士……っ! ツンと鼻の奥が疼いて、胸が疼いた。 何度も何度も、色を変えては打ちあがるその花火たち。 それを見上げていた私は、 いつの間にか涙を流していた…… クリスマスや、他の行事が会えないなら、せめてこの花火大会だけは行きたいって願ってやまなかった。…けれどその願いは叶うことがなかった。彼はいつもサッカーをしていた。 春でも夏でも秋でも冬でも。 凄く、凄く寂しくて悲しくて、何度も何度もサッカーに嫉妬した。けれど何度嫉妬しても何しても、彼が終ぞサッカーを辞めることはなかった。だから、その寂しさを拭いたくて、この気持ちが報われたくて、毎年毎年この花火大会に行こうと彼を誘った。 たとえ、日々寂しくとも辛くとも、この花火大会のこの花火を見れれば、少しは報われるんじゃないかな…って思ったから。 少しでも、繋がっていられるって思えたから。 たとえ迷信でも、根拠が無くても、それでも彼と繋がっていたかった。…目に見える繋がりを持てないなら、せめて心の繋がりを、と。 トンと、隣に居た男の人と肩がぶつかった。その人のほうを見ると、その人は興奮した面持ちで彼女と花火を見上げていた。…強く手を握り合いながら。 そう、今彼らは『永遠』を感じているのではないだろうか。 たとえ永遠なんてものが無くても、信じたいと願っているのではないだろうか。だから、強く手を握りあっているのだろう。 お互いが、お互いの気持ちの繋がりを信じたくて、離したくなくて…愛しているから、大切だから手を握り合って、確かめる。 …私は、英士にこれを求めた。求めて求めて、そう願って、そう願ってて欲しくて…だからこの花火大会に来たかった。――来て欲しかった…… 周りが花火で興奮する中、私はひっそりと声を漏らさず涙を流した…… そしてやがて、フィナーレに向かって花火が忙しく上がり続け、そして一際大きな花火が打ちあがり、花火大会はおひらきとなった。まだ興奮冷めやらぬ…といった風情で名残惜しそうに、一組また一組とぱらぱらと散り始めた。 少し興奮が収まった風貌の友人は、楽しそうに、でも名残惜しそうに帰ろうかと言って笑顔を向けてきた。私はそうだね、と少しひきつった笑みを浮かべたけれど、興奮している友達はまるで気づいていないようだ。 ――よかった。ふいに安堵のため息がこぼれる。 涙は執拗なまでに拭い取り、すっかり私の頬は乾いた。明るい場所へ出れば、目が腫れてることがばれてしまうだろうけど、それまでにはなんとか取り繕うことが出来るまでに冷静になっているだろう。 ゆっくりと人ごみに押されながら、ゆっくりと駅へと向かう。人の流れに身を任せながら友達の言葉に耳を傾けた。楽しそうに弾んだ声ではなす友達。それを少しの罪悪感と億劫さをかんじながら相槌を打つ。 そしてふと視線を上げ、前方をあるく人の集団に目を向けた。 そして何気なくふと目線を向けた先に、背筋が凍る光景が目に入った。 え…いしっ?! あまりの驚きに、思わず足を止めてしまった。 後ろを歩いていた男の人が、うっとおしそうに私に一瞥を投げ通り越していった。友達は私が立ち止まったことに気づかずどんどんと先に進んでいく。 嘘っ?! あまりの驚きのあまり、声を上げそうになった。 どうして、と驚愕とある種の喜びで胸の中がざわついた。英士と駆け寄ろうとして足を踏み出した次の瞬間、 私はカチンと全身が凍りついた。 英士は、私が見たことのない女の子と楽しげに会話をしながら歩いていた。興奮冷めやらぬのか、女の子は頬を染めながらはしゃいだ感じだった。 そして英士は、その女の子に、私が見たことのないほどの穏やかで、愛しげな微笑を浮かべて彼女を見つめていた。浴衣を着ている彼女に合わせて、至極ゆっくりとしたペースで歩く二人。 周りから見れば、とても仲のよいカップルに見えるだろう。 お互い微笑みあい、ゆっくりと穏やかに漂う雰囲気。 私は、凍り付いて身動きがとれなくなってしまった。そして次の瞬間、胸がサワっとざわつき始めた。そしてやがて動悸といっていいほどに、心臓が乱れたようにドクドクと強く打ち付ける。 あの子が『春』?! 別れを切り出された、あの日を思い出した。 夏のように激しい私ではなく、冬の独特の暖かさを持つ彼が求めたのは、穏やかな日差しを持つ春。 そっと傷を塞ぐ、春。 優しげな春。 暖かな春。 傷ついた彼が求めた、春…… 夏ではなく、春。 私は目の前が暗くなっていった。 彼らは知っていたのだろうか? この花火大会の意味を。 この花火大会に打ちあがるあの花火の意味を…… 立ち止まった私をさけるように、女の子の二人連れが楽しそうに話していて、片方の子が訳知り顔で、もう片方の子に話を始めた。 「知ってる?さっきのハートの花火」 なぁに。と興味津々な様子でもう片方の女の子が尋ねていた。 「あの花火を好きな人と一緒に見ると、両思いになるとか、ずっと一緒にいれるってジンクスがあるんだよ!」 「え〜っ!嘘ぉ。来年は好きな人と見に来なきゃ〜!」 …そんな他愛無い会話が、今の私にはナイフのように突き刺さった。 いつの間にか英士とその子の姿が見えなくなってしまったけれど、でも私はそこから動くことが出来なかった。 back 噂の衿子再び登場。 …そんなジンクス知りません。自分がいいように設定してます。夢っぽいですね、自分で言うのもなんだけど……(。。*) |